■状況に合わせて経営手法を選択することの重要性
同じ車を作るにしても、フォードが80年前に利用した方法と、トヨタ自動車の手法は全く異なります。なぜでしょうか?フォードは、80年前、黒い、T型という一種類の車しかつくりませんでした。形だけでなく色まで選べませんでした。また、需要予測も必要ありませんでした。なぜなら需要は膨大にあり、作ればどんどん売れたからです。
■80年前のフォードシステムは史上最高の効率的なシステム
このような環境の中で、フォードは、究極に効率的な生産システムを作り上げました。1種類しか車種がないため段取りがえなど必要がなく、ベルトコンベアで大量にどんどん作る、いわゆるフォードシステムを作ったわけです。資本力も豊富であったため莫大な投資を行い大量生産の工場を作りました。
フォードシステムでは、驚くべきことに、鉄鉱石から車が完成するまわずか80時間程度しかかからなかったといわれています。これは現在のどんな自動車会社も真似できない究極のスピードです。フォードシステムは究極に効率的なシステムであったといえます。
■なぜトヨタ自動車はフォードシステムを模倣しなかったのか?
では、トヨタはどうでしょうか?戦後においては、資本力がないのでフォードシステムなど作れませんでした。そこで編み出されたのが、系列企業を巻き込んだジャストインタイム(JIT)のカンバンシステムです。カンバンという情報をベースに、生産を同期させることで、分散した系列企業の工場の間で、疑似的なフォードシステムを作り上げたわけです。さらに、副次的な産物がありました。JITは異なる車種の生産に対してもとても有効だったわけです。
■トヨタ生産システムが電機産業には根付かなかったのはなぜか?
しかし、トヨタ生産システムは、ライフサイクルの短い製品には応用することが困難です。ライフサイクルが自動車では3年ほどですが、民生電子機器だと半年ということもあります。そのような産業ではトヨタ生産システムが根付くことは困難なロジックが存在します。
ライフサイクルが短い製品には別の生産システムがより効率的になると考えるべきでしょう。それはわたくしは、制約理論に基づく生産システムだと考えます。制約理論の詳細については、不確実性に対応するサプライチェーン改革についてをご覧ください。パナソニックやキヤノンが導入しているシステムです。
このようにビジネス環境によって、最適な経営ツールは常に変わります。それを良く考えずに、となりがうまくいったからと言って、その背景にあるロジックを考えないまま経営手法を導入すると現場が混乱するだけかもしれません。
もちろん、古典的なツールであったからといって今でも有用なものもいくらでもあります。たとえばボストンマトリックスがそうです。技術的に安定的で習熟効果が大きい産業ではとても有用なツールです。
また、単一の製品を生産する場合で、需要がたくさんある状態であれば、今でも80年前のフォードシステムが最高のシステムであるのかもしれません。
常に表層に現れない、奥底のロジックを考えること。これが経営者にはいつの時代にも求められると言えます。
■経営ツール発展の歴史を知ることの重要性
なお、フォードとトヨタの話は、制約理論の創始者であるゴールドラット博士の論文に依拠しています。ゴールドラット博士は、フォードシステム、トヨタ生産システムを研究して、そのロジックの背景を深く分析し、その考え方を応用して制約理論によるマネジメント手法を導き出しました。
博士は、当然のことながら、フォード、そしてトヨタ生産システムの生みの親である大野氏に深く敬意を表している。
フォード氏、大野氏のおかげで、現在の産業の基本的な生産システムのコンセプトが構築されたと言っても過言でありません。
それをさらに進化させたのたのが制約理論です。フォード氏の功績をもとに大野氏がトヨタ生産システムを構築し、そして両者の功績をもとにゴールドラット博士が制約理論を構築したわけです。そうした深い歴史を知ることで、経営ツールに対する本質的な理解が可能になります。